2018/04/08掲載
吉田テニス研修センターと津幡町テニス協会
津幡町テニス協会には「YOU遊オープン」という市町村対抗戦がある。 いままで韓国からのチームが参加したり,遠く千葉県は柏市からの参加があったりする。 この柏市のチームは,かの有名な,ウインブルドン日本人初優勝の偉業を成し遂げた沢松和子さん ご夫妻が経営する吉田記念テニス研修センターのクラブチームである。 津幡町からも,毎年,朝の5時から車を連ねて参加するのが恒例となっている。
ここでは,その大会に参加したときの旅行記によって,その大会の紹介としたい。 文中の山田博人さんもいまは亡く,菊池さんや山田さんのご子息はすでに職場を移したが, 大会長の吉田宗広氏のテニス哲学と大会の雰囲気は,これからもずっとわらないであろうと思う。(阿蘇和寿)
緑の風に吹かれて
なんと馬鹿げたことだろう,ただテニスのゲームをするだけのために,7 時間の行程と丸2日, そして少なくない費用をかけて,石川県からはるばる千葉県は柏市まで行く連中がいるだろうか。 どうやら我が津幡町テニス協会には「誰かが提案したことは,みんなが協力して必ず実現するようにしなければならない」 という無言の掟があるようである。今回は確かにその掟が働いたとしか思われない。 しかし振り返ってみると,吉田記念テニス研修センター (TTC) にも同じような掟があるようではないか。 その掟を作ったのは菊池コーチであるという推察は,たぶん間違っていないだろうと思うのだが,みなさんはどうお考えでしょう。
隠れ,あらわる
今回の仕掛け人が自称 ``隠れつばたリアン'' の山田博人氏であることは間違いない。 しかし,隠れといいながらそれを公言しているのだから不思議な人だ。 まああの身体では隠れにくいよな,なんて不謹慎なことを考えていたら, 突然僕たちの前に現れた山田さんが鮮やかにシェイプアップしていたのには本当にびっくりしてしまった。 この人が津幡町テニス協会を宣伝して歩いていることが,今回の不思議な旅に繋がったのだろう。
山田さんはつまりは惚れやすい人なのだ。 TTC から車で10分ほどのところにあるハンス・ホールベックというドイツ風ソーセージレストランにもぞっこんみたいだ。 一緒に食べに行きましょうよ,と彼に誘われたとき,そんなことは絶対に起こりえないと思っていたのだが, ただ宣伝するばかりではなく,わざわざ津幡町まで当のソーセージを持ってきて振る舞ったりする。 今回は,関越自動車道を走っている頃にはすでに予約して待ちかまえている,という手際の良さで, とうとう僕たちをそこに連れて行ってしまった。
絶品のソーセージ料理については何も語るのはよそう。僕たちはそれを十分に堪能した。 しかし僕にはちょっとした不満があった。それは食事の席が女性と男性に別れてしまったことだ。 これはもう完敗というしかないのだが,男性だけの席というのは,何かを論ずるときぐらいしか盛り上がることはないのであって, しゃれた楽しい会話をするには女性の力を借りざるを得ない。さすがに話術の天才ダンディ氏を擁する我がメンバーは, 静かに食事をするなんて悲惨な羽目に陥ることはなかったが,いろんなメニューを注文してあちこちと手を伸ばして食べようぜ, みたいなパターンにならなかったのはとても残念だった。
ソーセージ料理を前にビールを飲まないわけにはいかない,というのは,僕自身の掟のようなものだ。 協会のご意見番たるご隠居は,テニスをする前にビールを飲むなどということはマナー違反である, という強く正しい信念を持っておられる。皮肉ではなく,その見識はなかなか素晴らしいものだと思う。 しかし僕は僕で,この至上の楽しみを犠牲にするぐらいなら,僕はさっさとスーツに着替えて山田さんと一緒に見学する方にまわろう, という気持ちを捨てることはできない (しかし多少は控えましたよ)。
さて,山田さんといえば,ベージュのスーツにスリムになった身体を包んで, テニスもしないのにとてもご機嫌なのだ。いくら,TTC でコーチをしているご子息の山田翔君を訪ねてきた, とはいっても,少しはテニスを楽しめばいいのにと思う。もしかして山田さんはテニスが下手なんじゃないのだろうか。 だとすれば,テニスにどっぷり浸かりながらわずかに距離を保っているとは,なかなか上手にテニスと付き合っているものだ, と妙に感心してしまった。
歓迎を受けて.
TTC に戻ってテニスの歓迎を受けた後は,待望のレセプションである。ウインブルドンを思わせるシックな色合いのテニスコートから戻ると, ややや,そこに沢松和子さんの姿があるではないか (すみません,ちょっと期待していました)。 これにはちょっと舞い上がりましたね。決して華やかではないが,上品なグレイのブレザーに身を包んだ沢松さんは, 初対面ながら,これはもう絶対沢松和子さんに間違いないというような,品格を湛えていたではありませんか。その上, 誠にもったいないことに,僕たち夫婦の席が沢松和子さんと同じテーブルだったのは,とても幸運だった。沢松さんは 「自分はストローカーだから全仏のコートが好きですが,大会の雰囲気は圧倒的にウインブルドンが素敵です。 しかし全仏は,さすがに観客のフランス人たちのセンスが個性的で,会場にいるだけで楽しくなるような雰囲気です」 というような話を聞かせてくれた。僕は,ウインブルドンは芝のコートだけど,大会が進んで決勝近くになると芝がはげてきて, クレーコートのような,沢松さんの好きなコートに近くなるそうですね,という留岡先生にお聞きした, とっておきの話題を持ちだして, 沢松さんがウインブルドンの決勝に進んだときのワクワクした気持ちをお聞きしたかったのだが, 残念ながら留岡先生の知り合いですと自己紹介したところで中断してしまった。ともあれ僕たちは, 沢松さんにお寿司をとってもらったりして,この上なく贅沢な時間を過ごすことができたのだった (吉田和子さんとお呼びしないでごめんなさい)。
TTC では表彰式で選手の健闘を讃えて合唱をする,という。それに僕はすっかり感心してしまった。 歓迎ということでいくつかのレパートリーを披露していただいたのだが,ハーモニーの見事さは元より, とりわけ,吉田宗弘さんの分厚い胸から響いてくる朗々とした歌声が素晴らしかった。僕は体型は扁平胸なので, 妻が吉田さんを褒めるときにはちょっとした嫉妬を覚えたものだ。いままでそんなことは考えたこともなかったけれど, 優勝杯の授与のとき,思いも掛けずにハーモニーに包まれたら心に深く残るだろうな,と思った。 そんなことはどうでもいいや,という選手もいるに違いないが,そういう選手には優勝して欲しくないよ,絶対。
僕たちの協会には合唱団ができるだろうか。何しろ厳しい掟があるのだから,誰かがやろうよやろうよといいだしたら即決まりだ。
Voix Jaune(黄色い声)とAATC
さて,せっかくだから,チームの自己紹介のときに披露した僕の言葉遊びも書いておこう。一昨年の秋,TTC でテニスを楽しんでいる方々が津幡町まで交歓テニスに訪れた。聞くところによると,このメンバーが属しているクラブ名は ``Le Club'' だそうである。le というのはフランス語の定冠詞だから,この名前は「私たちのチームこそがクラブというものです」という格調高い雰囲気を持っている(エールフランスのビジネスクラスは Le Club といってますね)。それに私たちが参加した大会も Vend Vert(緑の風)という洒落た名前だ。それじゃあ,こちらも負けてはいられませんよということで,吉田記念テニス研修センターと津幡町テニス協会はよく似ている,という話をした。
まず,TTC と TTK というのがよく似ているではないか。ちょっとロゴは違うけどね。
TTC のこの大会は Vend Vert というフランス語だが,僕たちのチームも同じくフランス語で Voix Jaune(黄色い声)というのだ。我が町の女子は他の市町から一目も二目も置かれている県下の強豪だが,男子チームだって密かに恐れられている。それはチームワークをもってなる我がチームは,女性軍の黄色い声援がすごい,というのがその名前の由来である。
すると,緑の風と黄色い声ではちょっと品格が違うという声が聞こえてきそうだが,2つを組み合わせて「黄緑色」,「風の声」と並べてみれば,自然に囲まれたこの大会にふさわしい響きとなるではないか。
今回は韓国からもお客様が見えているということで,私たちが韓国に遠征したときに遊んでつけたチーム名 AATC も披露させていただいた。それは ``アズマ・アジョシ・テニス・クラブ'' といって,おじさんおばさんテニスクラブという意味である。うん,Le Club に負けるとも劣らないよい名前でしょう。もっとも,通訳をしてくれたペグさんには,おじいさん,おばあさんの意味ですと訳されてしまったのだけれど。結成から7年も経ったいま,そちらの方がふさわしい名前になってしまったかも知れない。
僕たち「緑チーム」の自己紹介ではつばたYOU遊オープンの名前の由来も話したりして,あの吉田宗弘さんにもお褒めいただいたのだが,僕たちの次に自己紹介の順番に当たっていた「風チーム」では,みんな話してしまったということでブーイングだったらしいですね,ははは。
配車問題
今度の遠征に誰が車を出すか,ということでちょっとした行き違いがあった。経費のこともあって,結局,13人で2台ということになったけれど,ご隠居は「僕は自分の車で自由に行動したいのだ」と主張していた。この話には,テニスが終わってからまっすぐに帰るかどうか,という問題が絡んでいた。テニス大会は日曜日の夕方に終わる。ここまで来て1泊ではもったいないとか,翌日は休みを取ってあるとか,せっかくだから温泉に寄って疲れを癒したいなど,それぞれに思惑があったし,もちろん,どんなに遅くなっても当日中に帰りたい,という人もいる。そういうとき,2台よりも3台の方が自由に行動できるのは当然だ。
さて,車を3台にしたいというご隠居は当日帰宅派,2台でいいのではないかと主張したチームリーダーのパパは温泉立ち寄り派である。事前調査では「翌日まで予定を延ばしてもよい」という意見が大勢を占めていた。ご隠居,旗色悪し,と思えたのだが,さあ帰ろうという段になって,では1台だけは温泉に寄って帰りましょうか...という話になったとき,意外にもこのまま一刻も早く帰ろう,という結論で一致してしまった。なんだか,パパの決めたことがご隠居に幸いするという結末になった。
確かに予想外の展開ではあったのだが,僕には,温泉に寄るにしても1泊するにしても,場所と参加者を決めるなど事前の手配をしておかないと,終わってから「これからどこに行きましょうか?」ということでは,もう面倒くさいから帰ろうよ,という流れに傾くのは自然のように感じました。次に遠征するときは,翌日の,ランクが下の大会に出場するかどうかということも含めて,もう少し綿密に計画を練っておくべきでしょう。といっても,最後まで予定が決まらなくて迷惑をかけたのは僕なのだけど。
結論から言うと,今回は2台で正解だったと思う。それは日頃,僕は一人で行動するのが好きだな,といっているご隠居が,往復の車中ではとても楽しそうだったことだ。ちょっとした話に大騒ぎ,歯に衣を着せぬ会話が続く中での旅行というのは,ご隠居にとって初めての体験ではなかったかと思う。その挙げ句,帰ってきてから「今度はみんなで韓国にテニスをしにいこう」と物騒なことをいいだす始末だ。やれやれ。
テニスの話題を少しだけ
さて,これまでテニスの話題は何一つ書かないできた。我が「緑チーム」は一回戦,敗者復活戦とも,1セットも取れず完敗してしまったからだ。覚悟の上とはいえ,何のために来たのかなあ,と寂しいやら虚しいやらである。よくしたもので,空いたコートでの負けたチーム同士での対戦が,今回の遠征で一番楽しい試合になった。もうひとつの「風チーム」も,女性6人を揃えたチームに完敗。おばさんパワーを目の当たりにしてしまった。
ところで,この打っても打ってもミスをしない,ちょっと甘い球はすかさず決めてくる,というスタイルに,ダンディと僕の妻たちは目が点になってしまった。津幡に帰るとさっそく平行陣の練習である。何事も新しいことへの挑戦は新鮮で楽しい。何よりもコートの後ろで走り回るプレースタイルに比べると,何試合やっても疲れないこのスタイルを身につけることは,おじいさんおばあさんテニスクラブにとっての必修科目かも知れない。
テニスと楽しく付き合う法
僕にはまだ解決できない大問題がある。それは「テニスに負けて楽しいか?」という問題である。テニスはゴルフのようなハンディはないから,どう組み合わせても通算すれば3勝1敗の人と1勝3敗の人が出てくる。勝つ人と負ける人は常に同数である。さらに,負ける人はいつも負ける練習をし,勝つ人は勝つ練習をしているようなものだから,かくして,勝つ人はいつも勝つと思っていてその通りに勝つ,負ける人はいつも負けると思っていてその通りに負ける,というマーフィの法則がばっちり成り立ってしまうのがテニスの世界だ。彼我を比べれば,テニスの喜びに大きな差ができてしまうのはどうしようもない事実である。
勝っても負けても楽しいというのは正しいかも知れないが,楽しさの大きさには雲泥の開きがある。テニス協会にはどんどん新しい人がやってくるが,実は残っているのは勝っている人たちばかりで,1勝3敗の人はいつの間にかいなくなってしまう。これがテニス人口がそれほど伸びない原因のひとつではないだろうか。テニスコートには負ける人が必要である。つまり,負け続けても楽しそうにテニスコートにやってくるという人は,本当に貴重な人材なのだ。その点,昔のダンディ氏はとても偉かったと思う。負けてもテニスを楽しめる精神状態を保つ法,というのは,僕だけではなく,テニスの指導的な役割を担う人たちが真剣に考えてもいい問題だと思う。
先週の日曜日のミックスダブルスの試合も全敗した僕たち夫婦は,昨年からこの大会通算6連敗となってしまった。そういうとき,僕はあまりよい態度をとれないので,まわりの人に申し訳ないと思う。そして,そうやって反省するとまた落ち込んでしまう。まったく昨日の記憶のない二日酔いの朝みたいな気分だ。
その日,僕たちと対戦したペアの中に,ひとつひとつのプレーに真剣かつ楽しく取り組もうとしている素晴らしい選手がいた。負けた僕たちをまったく嫌な気持ちにさせないのだ。この,まさに達人芸を身につけることは,平行陣を身につけることと同じくらい必要なことだろうな,という気持ちを新たにしている昨今なのでした。